自分を信じるレッスン マインドフルネス・セラピー入門を再読して


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感情に正しさを求めていませんか?

あたし自身、沢山の感情を押し殺してきた経験があります。色んなものをないことにしてきたので、自分が何を感じていて、何を考えているかわからない、そもそも何も感じていなくて、考えてもいないのでは、と思っていたこともあります。
その感覚の奥深くに潜んでいるもの。
それをこの本は問いかけます。

いい感情をもつべきところで、そうなれないとき、私は「感じられない」と思っていることはないでしょうか。

褒めてもらったのに、優しさをもらっているはずなのに、嬉しくない。ありがたさなんて微塵もなくて、感謝なんか出来なかったり。みんなが楽しんでいるのに、楽しくなかったり。
でも、そうであってほしくないから、そういう自分はダメだから、感じないことにしてしまう。
言われてみれば、あたしにはあるなぁ、と思い当たるところがあります。
例えば数日前もそうでした。みんなが良くやったよね、頑張ったよね、良かったね、と話していてもあたしはそうは感じてなかった。そんな自分をあたしが変なのかなぁと思っていて、何だかすごく心の中がモヤモヤとしていたのです。
みんながこう思っている、と話しているけれど、あたしはどうも違っている…
そう感じているとき、あたしは自分の思いが間違っているのかもしれない、いや、同じように感じている人がいるのではないか、と周りを見回しながら感情の正解探しをしていたのです。
あなたは感情に正しさを求めていませんか?
こういう状況なら、こう感じるべき。それは絶対に、いつでも当てはまることで、本当のことだと言えますか?

感情をブロックする、ということを学んだのはいつ?

いつから感情に対して正しさを求めるようになったのでしょうか。
小さい頃は感情を表現出来る子だったのに、気づいたらこうなっていた?
一体いつからそうなっちゃったんでしょう?
あたしたちは人との関わりの中でいろんなことを学んでいきます。
こうすると褒めてもらえるから、こうする。ああすると怒られるからもうやらない。
そういう生きていく術を人との関係の中で学ぶのです。
赤ちゃんや幼い子どもだった頃からずっと、です。寧ろ、そんな幼い頃の思いや感情がベースになっている、といっても過言ではないでしょう。
その頃、その世界の中心にいた人たちからの視線、言葉、態度、そういったものからあたしたちは色んなことを学んできました。それが大人になった今も活かされているのです。
例えば、その学びの中には、こうしてもらったらこう感じないといけない、というものが、あって。そういった学びが行為と感情を結びつけているかもしれません。
もしかしたら、人と違った感じ方をしたら、あなたは感情が欠けている、と親から評価されたのかもしれません。
感情の正しさを求めてしまうのは、そう感じなければ、生きていけない、愛されない、見捨てられてしまう、と学んだからなのかもしれません。
だからこそ、そうならないように、感情を感じないようにしたり、ブロックしたりしてしまうのです。

ただ感じること、そうである自分に気づく、ということ

色んな感情を押し殺してしまうと、自分に対する信頼感も、自信も、なくなってしまいます。
いつも自分を信じられない。
自分だけが間違っているような気がする。何かを言われると腹が立ってしまうかもしれません。悲しくて泣いてしまうのかもしれない。どうせ自分なんかダメなんだとヤケになることもあるかもしれません。
でもそれにはワケがあるのです。
この本では、そういう自分に気づいて、認めていくことの大切さが書かれています。
わかってほしかったんだね、認めてほしかったんだね。
そうやって自分に気づいて、自分の体の反応にも気づいていくことを出発点として勧めています。

まとめ

4月に読んでいたこの本。久しぶりに再読たのですが、自分自身の感情に対して、ジャッジを相当していたことに気付きました。
感情に良いも悪いもないのに、ただ感じてしまうだけなのに、あたしたちはどうしてもそれに対して色んな理由をつけてしまいがちです。
ただ感じる、ということだけなのに、こんなにも押し殺しているからこそ、根本的なところで自分自身を信じられないのかもしれません。
自分自身を見つめ直したい方にお勧めです。

お姉ちゃんなんだから我慢しなさいって言われてきたから、言われてきたけれど


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姉妹、兄弟あるある

両親の愛情が姉妹のどちらかに分散されてしまうために起こりうる、愛情獲得競争。
それにあたしは負けてきたのだとずっとずっと思ってきました。
両親から愛されてない、と思い込んできたし、でもそれ以上に、お姉ちゃん、という言葉にいつも引っかかっていました。
あたしはきちんとしたお姉ちゃんじゃない、という罪悪感。下の兄弟から注がれる純粋にお姉ちゃんと慕う気持ちをどうしても受け取れないまま。
その背景には、お姉ちゃんだから我慢しなさいといつも言われていたことがあげられます。
それなのに、下の兄弟はそんなことなかった、いつも我儘言っても愛されているように、あたしには見えていて。こんな辛い想いをするなんて、あたしは報われてない!ってずっと思っていたのです。

お姉ちゃんは我慢しないといけないものだ、というビリーフ

いつも何かにつけて言われるこの台詞。「お姉ちゃんなんだから、我慢しなさい!」
「お姉ちゃんなんだから、それくらいやってよ!」

お姉ちゃんは、何でも出来ないといけないのか。我慢する必要があるのか。

両親のその言葉を受けて我慢したことで、
自分をこれ以上ないほど我慢させてきたし、
甘えられなかったし(自分の中では)、
我儘も言えなかった(と思っている)し、
新しいチャレンジや冒険はできなかった、
とあたしは思っていました。
でもね?
よくよく考えると、同じ境遇のお姉ちゃんであっても、自由奔放で、我儘に、甘え上手に生きてる人もいる。それを選択してきた人もいる。もしかすると、下の兄弟が我慢を強いられてきた、ということも考えられるのです。
お姉ちゃんばかり、我慢をする必要はない、んですよね。

こんなあたしだからこそ、得られた「もの」探しをしょう!

あたしはずっと、両親がそれ以上文句を言ってほしくなくて、その場が安定していてほしくて、自分がそれ以上責められたくなくて自分から我慢を選んだのでした。
それを選んだからこそ、あたしは我慢するという社会性を両親から学んだし、遠慮することも知ったし、下の兄弟を見守ってきたからこそ、後輩の指導も長い目で考えていける、というところを得られた。
そして、あたしの根源的な、根底的な性格はこういったところから作られていて、あたしという人格は「お姉ちゃん」だからこそ作られたものでもあるのだな、と思ったのです。
そこには多分、「お姉ちゃん」として、受け取ってきた両親の愛がある、のでしょう。
下の兄弟だったら受け取れない愛がそこにはあるのです。
勿論、下の兄弟だからこそ受け取れる愛もある。
どんな形であれ、愛されて、その存在を認められて育ててもらったのです。

家族内の役割の所為で自分がしんどい、と思っている人へ

ひとつの提案として。
その役割を受け入れるということをどうして選択したのか、もう一度振り返ってみましょう。そうせざるを得なかった、ということも勿論あると思います。その所為で制限されることもあった、沢山あったかもしれません。
だけど、それを背負ったからこそ得られたことも勿論あると思うのです。
家族の笑顔が少し見られるようになった、とか。
そういう、些細なこと。
些細だけれど凄く大切なことです。
それがあなたにとって凄く守りたかったものだ、ということなのですから。
だから、ひっそり気づかないうちに密やかに注がれた愛の形を探してみませんか?
それをどう受け取るのか、そして、何を選択していくのかはあなた次第なのだと思うのです。

お知らせ

8月分のモニターセッション、募集中です。
仕事の関係でセッションする日にちが限られています。
9月分はまた改めてお知らせしますね。
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モニターセッション、募集します

アクセルを踏みながらブレーキを踏んでいるからこそ

カウンセラーになる、と決めて。色々決めて歩いてきました。2017年3月には今の職場を退職することも決まっていて、動き出しています。
カウンセラーの大塚彩子さんのもとでビリーフリセットカウンセリング講座を受け、認定アドバイザーとなり、現在はプロコースで今ある知識や技術のブラッシュアップ中。
カウンセラーの岡部明美さんのLPLにも通っています。
色んな知識はもう既にある。寄り添う力も、看護師として仕事をしながら身につけてきました。
でも、カウンセラーになると決めているのに、カウンセラーです、と活動することを怖がっていました。
まだ道半ば。そのために色んな理由を見つけていくけれど、でもそれを飛び越えて、自分の中の経験から学んでいくことが、これからは必要なのだと思うのです。
そのためにも、あなたのお話を聞かせてください。

さらなる武器を身につけています

カウンセリングの勉強以外にも多角的にその方の本来持つ輝きを見つけるために、数秘術を学んでいます。
そして、もともともっている日本アロマ環境協会のアドバイザー、インストラクターの資格も活かし、対面形式でセッションする際は精油を用いたカウンセリングも今後導入していく予定です。
匂いに対する思い、感覚、感性は嘘をつけないという理由と、アロマセラピーはチャクラ(身体にある7つの主要部分に存在するエネルギーセンター)にも対応しているため、どの部分に未完了の感情があるのか、どの部分を今後伸ばしていくのかをみていくのに最適だと考えています。
アロマセラピーを導入するのはまだ先になりますが導入するタイミングが決まりましたら、またお知らせさせていただきます。

セッションはこんな方にお勧めです

*自分のやりたいことがわからず、もやもやしている方
*自分の本来持つ輝き、良いところを見つけられない方
*とにかく話を聞いてもらって、自分の頭の中を整理したい方

セッションを受けるとどうなるのか

*自分の存在を受けとめやすくなる
*自分の頭の中を整理できる
*自分の本音に気付きやすくなる
*自分の良いところ探しがしやすくなる

モニターセッションについて

あなたの魂の中にある、人知れずひっそりと煌めいたままの輝きを一緒に探す、そのお手伝いができたら、と思っています。
モニターセッションは
1セッション90分(から最大120分まで)5000円で行います。
現在はskypeのみ、カメラは不要です。リラックスして、セッションに望んでいただきたいと考えています。
数秘術込みのセッションを希望される方は、申し込みフォーム内に西暦から始まる生年月日、フルネームをローマ字記載で記入してください。
支払いは銀行振込のみの対応です。振込先は申し込みされた方にお知らせいたします。
(セッションを受けていただくにあたり、セッション後の感想をいただけると今後のブラッシュアップにも繋がっていきますので、そちらも合わせて検討いただけたら幸いです。こちらはセッション終了後にフォーマットを送らせていただく予定です)

モニターセッションの申し込みはこちらから

出来ないあたし、という罪悪感について

出来ない、ってしんどい

日々生活をしている中で、出来ないことがいくつもあったりします。
簡単に先送りしてしまうし、やりたいことはどんどん後回しにされてしまって、気づくと何がやりたくて楽しみだったか、がわかんなくなってしまう状況を何度も繰り返しています。
そういうとき、やりがちなのは、あぁあたしってやっぱりダメだー、こんなにも出来ないことばかり…っていう自分へのダメ出し。
フォーカスしているのは、出来ない自分。そして、どことなく現れる罪悪感との戦い。

罪悪感っていうのが曲者!

出来ない自分にフォーカスしていると現れる罪悪感。
それをじーっと感じてみても、感じなくても、子供の頃、いつもお母さんに怒られていた声が過ったりします。
あんたは何で出来ないの!ってあたしもよく怒られていました。
怒られちゃうと、気持ちはしょんぼりして、益々へこたれます。
出来ないあたしは楽しむ価値なんてない、とか。出来ないのに、それを放置したらもっとダメになっちゃうよね、とか。
そういう気持ちになって、ますます自分を苦しめたりしてることに……
ふと気づきます。
うん、気づいてもらえてよかった。

出来ないあたしは楽しんではいけない??

罪悪感で、楽しむことを禁止している自分ってどうなのか。
出来ないと、本当に楽しんではいけないのか。
もしかしたら、思いっきり自分が好きなことしてたら、アイディアが落ちてくるかもしれない。もしかしたら、自分が出来ないことを得意って思っている人と出会えるかもしれない。
好きなことを楽しんだら、出来ないと思ってたことを軽々クリアできることもあるかもしれない。
だから、自分がちょっとしんどいなー、なんかうまくいかないなーってときは、結構な割合で自分を貶めて苦しめていることがあるので、自分の考えに気づいてみましょう。
出来ないと、本当にいけないのか?
出来ないあたしは楽しんではいけないのか?
そこに気づいて、自分をちょっとだけ、緩めてみてみましょう!

ビリーフリセットを知って、そしてそれから。(ビリーフリセット入門講座のお誘い)


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あの頃のあたしと今のあたし

4年前のあたしと今のあたしは比べると、多分結構な別人になっているかな、と思っています。ここ数年でだいぶ自分自身の受け止め方が変わってきたと感じています。
4年前のあたしはすごくネガティヴだったと思うし(エニアグラムタイプ9のステートがとても下がってる、あの感じ。いつも何となく悲観的で不安でイライラしていた)、思ったり考えていることがあっても自己主張も出来ないでいました(いつもシャッターを下ろしていて、人との関わり方もそこまで積極的にできなかった)。
何となくなってしまった看護師として働いていく中で、これはなんかあたしが望んでいる人生ではない、ということだけはわかっていて。でも何が好きで、何が周りと比べて秀でているのかもわからないし、そもそも何がやりたいかもわからなかった。
そんな中、偶然にも色んな出会いが重なり、あたしの師匠である、心理カウンセラー(そして作曲家)として活躍されている大塚彩子さん(以下彩さん、と呼ばせていただきます)とも出会うことが出来たのです。
セミナーに参加し、心のことを学び、勉強会や講座に出席することで、そして個人セッションを受けたことで、誰かにされてることは、自分が誰かにもしていて、そして自分が自分にもしていることを知り、更に心が勝手に覚え込んでしまった思い込みを外すことを学んできました。

思考や考えと、あたしは別物と知るということで自分を自由にする

あたしたちはよく自分は今怒ってる!自分は今悲しんでる!と表現します。
「私=怒り」「私=悲しみ」という状態であると、あたしたちは思ってます。
でもね、あたしは全部怒りで構成されてるかな?あたしは全部悲しみで作られている?
いやいや、違うよね。
あたしは怒ってる「時」もあるし、悲しんでいる「時」もある。
あの人のことをすごく嫌い!って思う「時」もある。
それはいけないことかな?
いけないことじゃ、ないよね?
それ、普通のことだもんね、人間って感情あるもの。
感情に良いも悪いもないよね?
それなのに何故かあたしたちは無意識に、あたしはあんな優しい人に怒っちゃってて悪い子だ……なんて思っちゃったりする。
でも、さっき言ったみたいに、あたし=怒りではないし、あたし=悲しみでもない。
嬉しい時もあるし、喜んでいる時もある。
だから、もうむかつくー!ってなった時は怒っててもいいし、どうしてわかってくれないのって、悲しんでもいい。
あなたの感情はあなただけの感性で、仕舞い込む必要なんてないんだよ。大事にしてほしい。
あ、これでいいんだ…って思えたとき、すごく肩の荷がおりる感じ、しませんか?

子供の頃からの生存戦略のままで走ってるから、走りにくい

彩さんの「ビリーフリセット」は、無意識に覚え込んでしまった思考のプログラムを 見直して、新たなプログラムをインストールし、新しいエンジンで走ることを教えてくれます。
あたしが無意識に覚え込んでしまった思考のプログラムは、「あたしは出来ない人間だ」「あたしは見捨てられる」「あたしはわかってもらえない」というものなどがありました。
無意識に覚え込んでしまってるから、それ、本当にそうだもん!って言いがちなんですけど…
その思い込みや考え方を無くしても生きていけることを知ったら、そんなしんどい思い込み、ぽいって捨てたくなると思います。

ビリーフリセット・アドバイザーとして

2016年7月にビリーフリセットアドバイザーを取得して、知識を身につけ、カウンセリングの練習を繰り返しています。
あたし自身のセッションは傾聴と効果的な質問がメインのものが多いので、ひたすら話を聞いてほしい、思いを聞いてもらって一緒に考えてもらいたい、という方にとても寄り添えるかな、と考えています。
まだ道半ばではありますが、今後活動していくためにも、道を共にしている仲間たちと協力して、ビリーフリセット入門講座を開催することになりました。
ビリーフリセットに興味がある方、
ビリーフリセットアドバイザーを応援してくださる方
にお勧めです。
9/3(土)13:30〜18:00
2時間の講座と休憩を挟んで、お一人様限定ですがビリーフリセットアドバイザーのセッションが受けられます。
料金はお気持ち金制です。
詳しい説明と申し込みはこちらから

あなたは本当に責められるべき人なのか?そして変わるべき人なのか?

あなたは本当に責められるべき人なの?

この世界には、色んな人がいてそれぞれの考えを、思いを持っていて、時々ぶつかることがあります。
Twitterをぼんやり見ていると、

  • 責められてしんどい
  • 認めてくれなくて辛い
  • もっとこっちのこと考えていてくれていたらこんなこと言わないよね⁉︎
  • みたいな言葉を見かけることもあります。
    こんなダメな自分は消えてしまったほうがいい、なんていう切ない呟きを見かけることもあって。
    それは何とも辛い状況なのだろうなぁ、と思うのです。
    そして、過去のあたしも、このままあたしが消えてしまってもだれも困らないだろうなぁ、なんて考えてしくしく泣いていたときがありました。

    誰かの言う、その言葉やその状況を客観的に見よう

    誰かの言う、その言葉。その状況。それは本当に自分が受け止めるものなのか、一度距離を置いてみましょう。
    紙に書いてみるといいかもしれません。
    もしくは、小道具を使ってみる。小さなぬいぐるみを自分としておいて、その周りに責め立てる人たちを置いてみるといいかもしれません。
    その人たちはどんな状況のときに、どのような言葉で責めてきますか?
    その言葉、以前から、小さな頃から、誰かに言われていたりしませんか?
    どうでしょう、ちょっとだけ、勇気を振り絞って過去を振り返ってみませんか?

    その言葉、その状況をそのまま鵜呑みしないために

    もし、自分の中の大切な人が同じ状況で、同じ言葉をかけられていたらどうでしょう?
    もし、自分の子供が同じ言葉をかけられていたら?
    あなただったら、どんな言葉をかけてあげますか?
    それも紙に書き出してみましょう。

    本当に自分を非難しているのは?

    あたしたちって本当に無自覚なんだけど、
    出来ないこんな自分、を当たり前にそうだ、と信じています。
    でも、でもね?
    あなたってすごくすごく頑張っているし、努力もしてる。
    責められる状況であってもまだまだ頑張る。
    それってどうでしょう?
    客観的に見てどうかな?
    それってすごいことじゃないのかな?
    まだまだ!頑張れ頑張れ!も良いけれど、自分をゴミ箱に丸めてぽいってしなきゃいけない、ってなっている自分って、どれだけ自分のこと責めているんだろうね?
    誰よりも自分を責めているのはもしかしたらあたし、かもしれません。
    本当に自分のこと、わかってあげられるのは他の誰でもないあなたなんです、やっぱり。
    他の人には優しい言葉をかけられるなら、自分自身にも優しい言葉はかけられる、はず。


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    自分が生きて良いという証拠探しをしよう

    責められることが当たり前、な日々を終わらせるためにも、自分ってこういうことすごく頑張ってるなぁって認めてみる、ってるすごく大切なことです。
    頑張りすぎて自分のやりたいこと、欲しいもの、わからなくなっているかもしれない。
    それにまずは手を伸ばしてみませんか?
    そして、気づいてほしいのは、あなたの存在に救われてるよって人はいるはずだってこと。あなたの言葉に救われたよって人もいるはず。
    誰かの言葉に励まされてることもある。
    ごく当たり前に潜む、愛を探すのも時には必要です。
    失敗に心を痛めているかもしれない。責められて、やっぱりあたしってそうだよね…って下を向いているかもしれない。
    でもその失敗から得たものもあるはず。より深い愛情を得たかもしれない。
    当たり前に潜む、些細な優しさに手を伸ばして、自分の生きて良いという証拠探しをしませんか?

    穏やかな人の突然の怒りについて(エニアグラムタイプ9の怒りについての考察)


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    エニアグラムというもの

    自己理解、他者理解を深めてくれるツールとして、エニアグラムを学んでいます。人の性格は9つに分けられる、というもの。幼い頃の、親との関わりの中で身につけた生存戦略から、性格は出来るという考え方に基づいています。
    エニアグラムを学んで自分のタイプを探していくことは自己探求にも繋がって、自分ってこういう人間なんだなぁ、これでいいんだなぁ、とじっくり自分を見つめられるようになります。
    あたしは昔から自分のことを、とても悲観的な人間なんだと勘違いして生きていました。それは、自分のタイプの心の健全度か落ちた時になる部分。実はとても楽観的な人間だと知った時、とても驚いたのを覚えています。学ぶと新たな発見もあって、とても面白いので、エニアグラム、知らないのであれば、是非自身を探求するためにも、お勧めします。
    今回はあたし自身がタイプ9であり、最近色んな方から、タイプ9の怒りってどうなのよ、と聞かれることが多いので、ブログのほうにもシェアします。

    エニアグラムタイプ9ってどんな人?

    エニアグラムのタイプ9はとてもマイペースで、面倒くさがりで、ぼんやりしていたり、まったりしている方が多い印象です。
    人の話を聞くのが上手で、人をよく見ています。共感能力も優れていて、その人を受容し、いつも穏やかなイメージを持たれることが多いです。自己主張は得意ではありません。みんなの言う意見に納得できることが多いので、自分は言わなくてもいいかなーとなることも。
    本などで紹介されている判断の1つとして、パーティ会場でのタイプ9の振る舞い方の例えがあるのですが、
    にこやかに微笑んで色んな人と話して頷いているけれど(自分からは話しかけず、話しかけられたときに対応。必要なときは自分で話しかけにいくけれど、そうでなければ話しかけにはいかない)、気持ちは引いていると表現されます。
    人と一緒にいられるし、いるのも心地よさを感じることもあるけれど、1人の時間もないとしんどくなることがあります。
    周囲の人がうまくいっていれば問題がない、と思っているところがあるため、自分の強い感情を押し殺すこともあります。

    エニアグラムタイプ9の怒り

    そんな穏やかそうなタイプ9なのですが、突き動かしている感情は「怒り」です。
    これだけは譲れない、干渉されたくないところに触れてしまうと突然怒りを爆発させます。
    もちろんタイプ9の人たちは、その前にはある程度態度で示しているつもりなんです。わかりにくいけれど。
    暗黙の抵抗、とよく表現されますが、自分の考え方に合わないことを押し付けられたときによく沈黙を落として、相手との間にシャッターを閉めて抵抗する。これは、あたしの感覚では怒りというより諦めに近いかなと思います。
    一貫性のない指示出しや、自分なりに計画してやっている仕事があるのに突然仕事を割り振られたり、急かしたり。そういう、自分の価値観や感覚に合わないことをされると最初は押し黙ったりして抵抗します。
    ここで相手が気づいてくれることを、実は期待してるんですね。
    でもそれでも気づいてもらえないとわかったらもう怒りは爆発してしまう。
    タイプ9から思ってもみなかった行動を起こされるので周りは動揺するのかなと思います。
    ただ、怒りを爆発させることができる場所というのは、タイプ9にとって、とても大切な場所でもあります。自分を出してもいい場所でもある、ということなので。
    あたしの友人が、タイプ9の怒りを出すときは生きているエネルギーを感じる、と表現していたのですが、普段自分を感情を押し殺して周りに合わせようとしているところがあるので、これだけは譲れない!っていうものを見つけられる、という面では、自分にも大切にしてるものがあった!と気付けるので自分のエネルギーを感じるのかもしれません。

    まとめ

    自分の気持ちに気づいて欲しくて、構って欲しくてふて寝してみたり、いじけてみたりする。
    タイプ9は、相手にわかってほしい気持ちで押し黙るので、そこに気づいてあげると関係性は深まるのかなぁと思います。

    どうしても組織や上司、学校の先生にイライラ、モヤモヤが消せない人へ


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    悶々とした感情

    ここ数ヶ月、定期的に悩むことがありました。組織の在り方や上司の在り方があたしの求めているものではない、というイライラ感。
    何でそうなの?何でそんな簡単に決めちゃうの?そこ、問題でしょ⁉︎
    あたしは決して間違っていなくて、という感覚。正義感さえ覚えていました。
    常にモヤモヤイライラを抱えていて、どうしていいかわからなくて、それを距離の近い人にぶつけてみたり…
    もしかしたらこのブログを読んでくださった方にも、そういうイライラ感、覚えがあるかもしれません。
    自分の経験から、少しその思いを軽くできるんじゃないかって思うことを見つけたのでシェアしますね。

    まず、思いを書き出してみましょう

    そのイライラした、モヤモヤした思い、考えはいつまでもあなたの中に占めていると本当にしんどいと思います。
    まずはその思いを紙に書き出して、自分からその思いを吐き出すような感覚で、全部ぜーんぶ書き出してしまいましょう。

    思いは全て吐き出せましたか??
    あいつのこういうところが許せない
    上司はこうするべき
    管理職とはこうあるべき
    先生とはこうするべき
    などなど。
    そういうことがいっぱい書かれたブラックリストを見直して、そこに書かれている主語を全部、お母さんは、お父さんは、親は、に置き換えてみてください。

    どうでしょう?

    それ、すごく自分の中にある、親に対する思いに近くありませんか??
    そういう思い込み、ありませんか?
    でもそれって、親に求めていいものかしら?
    それ、親は叶えることができたのかしら?

    親に対する思い込みを現実は全て反映している

    あたしの中にあった思い込みは、母親は子供が何かを言わなくても理解するべきだ、傷つかないように守るべきだ、のようなものがありました。
    振り返ってみれば、そこが全部地雷のようなことになっていたのです。
    何かしらあたしの傷ついた!の場面はいつも、母親に相当する、自分より上の立場の人たちから理解されなかったり、守られずに傷つく状況が作られていて、ほら、やっぱり!を繰り返してきました。職場の人間関係もそうだし、過去を掘り起こしてみれば、学校の先生たちからも何度もそうされている。
    でもそれはずっとあたしが先生たちの目につきやすかったり、問題児だったり、そういう運命だったりとか、根本的にあたしがダメだからだと思い込んでいました。

    でも、そうじゃない!

    何度も繰り返し起こる現実。しんどくて、苦しくて、悲しくて、どうしようもない現実は、あたしの中の傷ついた思いが癒されたくて映し出す幻想です。
    そこに傷があるよ、癒されていいものなんだよ!と教えてくれているんです。
    癒されていいよ、って許されているのに、問題児だったり、根本的にダメだから、なんて、そんなことあるはずがないんです。
    もし、あなたが組織や上司、学校の先生に対してイライラ、モヤモヤで悩んでいるとしたら、是非一度試してみてください。

    ネガティブな感情も大切にする。自分を信じるレッスン、マインドフルネス・セラピー入門 by手塚郁恵

    本の紹介

    あなたにとって、自分の心を温かく包み込んでくれる本ってありますか?この本はまさにそういう温かく包み込んでくれる優しさや柔らかさを感じさせてくれる本です。
    自分を信じるってどういうことなのか、ということを丁寧に記してくれているように感じました。具体的に、という言葉は合わないかもしれません。
    でも、しみじみと、じんわりと感覚的に理解できそうな感じなのです。


    photo credit: cuore_di_nuvole via photopin (license)

    ネガティブな感情をどう扱っていますか?

    普段生活をしていて、あたしたちはどこかで、ネガティブな思いや感覚を抱いてはいけないような、そんな感覚になったことはないでしょうか?
    あ、こんな思いはだめだ、とか。こんな辛いこと、なかったことにしようとか。感じないことにしておけば気持ちが楽だから、とか。そういう感じ、感覚、思い。誰もが味わったことがあるんじゃないかなって思います。
    でも、それって何で味わったり、湧いて出てきたらいけないって思うんでしょう?誰かに悪いから?誰かって……誰でしょうね?
    そうやって沢山たくさん、味わったらだめだよ、感じたらだめ、ってしてきた感情を押し殺してしまっていると、自分の感覚そのものがわからなくなってしまうことが多いのです。
    そもそも、ネガティブな感情は味わっていけないものなのでしょうか?
    悲しさや苦しみ、辛さにも意味がある、といったらどうでしょう?
    その悲しさや苦しみ、辛さがあってこそ、人の優しさに気付けたり、人に優しさを与えたいと思ったりも出来ます。人の痛みに気づける人になれます。
    その悲しさや苦しみ、辛さがあって、じんわり感じることで、自分ってこんなに繊細だったんだなぁとか、感性が豊かだったんだなぁとか、自分というものへの気づきが生まれることもあります。
    そして何より、自分が本当は大切にしてほしいこと、もの、想い、価値観を探す手がかり、宝地図になるのではないでしょうか。
    自分のそういうネガティブな感情にOKを出せるようになると、自分そのものに対してOKを出せるようになることが増えるように、あたし自身も感じています。

    自分の感覚を取り戻すことはいのちの輝きに気づくこと

    ネガティブな感覚や思いをしっかり味わうことで、自分のしてほしかったことや、小さな頃の願いが湧き上がることもあるそうです。
    本当はどうしてほしかったのか、わかるのは自分だけ。
    なかったことにしやすいネガティブな思いの裏側に、自分の本当の願いがあるならば。しっかり味わいたいな、と思いませんか?
    例えばあたしの話。極々自然に、あたしって出来ない人間だ、ということを思い込んでいました。出来ない子だと親から言われていたから。出来ないって言われてしまうから、人に打ち明けないでいることもあります。
    出来ない証拠探しをすることが得意なので、人と比べることも得意でした。そうして自己嫌悪に陥る。
    誰かの視線が怖いのは、出来ないと思われてしまうんじゃないかって思っていたから。言い出せなかったのは、反対されるのが怖いのもあるけれど、ほらね、やっぱりね、って言われたくなかったから。だってそう言われると悲しいもの。あたしが生きている意味ってなんだろうって思ってしまうんだもの。
    でもね、人がどう思おうと、何と言おうとその人の感情や思いはあたしが決められることではないし、あたし、本当はこういうことやりたいなぁって思う、その思いも、誰かが勝手に決め付けることではないんだなぁって気づいたんです。あたしが出来て、それが他の人には出来ないことも、もちろんある。
    出来ないです、って言っているほうが安全なこともあった。楽なことでもあった。新たな挑戦をしないままうじうじしていれば良かったから。でも、自分の感覚を取り戻してしまったら、出来ないです、なんていつまでも言っていられないんだなぁ……というのが、今の感覚です。

    カウンセラーを目指す人間として

    ”セラピーとは、いのちがよみがえってくるような場、フィールドを作ることだけ。いのちは生きていくのに必要なことを知っている。”
    その言葉がとても印象的です。
    その人の力を信じる。その場を信じる。
    宝物探しをするように、いのちの輝きを大切にして見つけていく。それがあたしのテーマでもあります。
    まずは、自分の感覚や感情に、そのまま、まるごと、OKを出してみましょう。何が起こるか、自分に向き合ってみましょう。

    自分の生きる意味を知る、ために【2】

    自分の性格について知るということ

    自分の性格について知ることは自分を認めることに繋がる1つのステップなのかもしれません。
    自分を知るためにあなたは何をしていますか?
    自分がどんな性格なのか、どういうふうになりやすいか、どういう可能性がその性格には秘められているのか。
    それをあたしに呈示してくれたのは、エニアグラムというツールでした。9つの性格と可能性を見出せるツールです。
    どうしてこんなにあたしのことわかってくれているんだろう⁉︎とびっくりするくらい、本に書かれていること、そのまま当てはまっていて、エニアグラムの本を何度読んでも新たな発見が毎回あるのも凄いなぁって思っています。
    (因みにあたしはタイプ9なのですが、当初の自分自身の見立てはタイプ6かタイプ5でした。タイプをそれぞれ知っていくと全然違くて笑えるほどです)
    あたしってね、一旦決めてしまうと割と頑固な方なんです。嫌なことは無言で抵抗します。ぼんやり、のんびりが大好きで、周りに合わせられますが1人が楽。気づくと1人になっていることもよくあります。問題が起きても、嫌なことが何となく予測出来ていても、最後はきっと上手くいくしなんとかなるんじゃないかなって楽観的。先送りは得意。でも調子が悪くて上手くいかなくて心の状態が不健全になると悲観的にもなります。
    そんなことがタイプ9の項目に書かれてあるんですね。もうびっくり。
    エニアグラムを学んで、何がプラスになったか、というと、自分が否定していた自分の嫌なところも、これ自分なんだなぁって受け入れることが出来たことなんですね。
    例えば、みんなと仲良くしているはずなのに気づくと1人になっていること。みんな上手に人付き合いしているのに、あたし、自分がおかしいのかなって思っていた。今年で看護師11年目になるのに、新しいスタッフが入職するたびに毎年不安定になる、適応出来ない感じがする、とか。自分に欠陥があるんじゃないかって、心のどこかで自分を否定していたんです。
    そういうのもまるごと全部あたしなんだ、って気づけたこと。あたしの一部が悪いわけでもおかしいわけでもなく、このまま丸ごと全部があたしでOK!っていう感覚。きっとエニアグラムを知らずにいたら、まだまだあたしは自分自身をそのままで良いんだ、これがあたしなんだ、って思えていなかったかもしれません。

    そしてもう1つ。ストレングスファインダーというもの。昨日自分のことを紹介する文章を考えていて、そのときに降りてきたものが、「ストレングスファインダーTOP3は共感性、内省、成長促進で常に周りのことを考える人です」というもの。
    あたしを違う角度から見たら、これってすごく当てはまるなって改めて思ったのです。
    この資質の強みになる元を持っているからこそ、あたしは周りを見ながら行動して、考えて、どうしたらその人が成長していけるんだろう、魂の、いのちの輝きに向かって進んでいけるんだろう、と思って日々を過ごせるんだな、と改めて実感しました。

    まとめ

    どのツールを使うかということよりも、大事なことは、自分自身を多角的に見つめて、自分を知っていくということ。それは自分を認めることに繋がり、自分を癒すきっかけにもなるのかなと思います。
    この自分だからこそ、出来ることがあるはずです。あなたと同じ人は誰もいません。誰かと比べるなんてしなくてもいいのは、自分の持って生まれた使命や、ギフト、そして乗り越えてきた色んなもの、そしてそこから感じ取った色んな意味や想い、感情、感覚は、誰1人として同じものを持たないからです。
    この自分だからこそ、この世界、この世の中に、人のために出来ることはなんだろう。
    もし、あなたがどうしてここにいるのか、意味もつかめないまま、自分を知らないままでいるならば、改めてこの問いを立ててほしいなと思います。

    ▼エニアグラム

    ▼ストレングスファインダー